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Published on 3月 7th, 2016 | by ダッド編集部

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【用語解説・ネタバレ】「真田丸」第10回 妙手



大河ドラマ「真田丸」第10回で使われる用語を先取りして解説!

【用語解説・ネタバレ】「真田丸」の一覧

2016年NHK大河ドラマ「真田丸」の用語を話数ごとに簡単に解説していきます。
ちょっとしたネタバレがありますので、注意してください。
用語は「TVガイド特別編集 2016年NHK大河ドラマ「真田丸」完全ガイドブック」を参考にしています。
この本では第15回までのストーリーダイジェストが掲載されています!

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目次

《人物用語》
・とり

《地域・建物・その他用語》
・浜松城
・虚空蔵山城
・海士淵

人物用語

とり

草笛光子さん演じる真田昌幸・信尹の母です。信繁からすると祖母にあたります。
真田丸7話で木曽義昌の人質として残ったとり様ですが、10話で沼田の領地を譲りたくない真田に、徳川から沼田領と引換に人質を返したいと言われます。とり様は無事に家族の元に帰ってくるのでしょうか…。
真田丸の劇中のとり様には戦国時代の女の強さみたいなものを感じます。とり様の時代の正室は、家臣統制の補佐など夫の仕事を補佐する役目もあったそうです。また4男2女の母だったそうです。(真田丸の劇中では戦で男兄弟は昌幸・信尹しか残っていません)

海野棟綱や真田氏の譜代の家老であった河原隆正の妹で、海野氏分家の家柄だった真田幸隆に嫁ぎ、真田信綱、真田昌輝、真田昌幸、真田信尹と2人の娘を産んだ[1]。長男の信綱が天文6年(1537年)の生まれ(『信綱寺殿御事跡稿』)のため、幸隆と恭雲院の結婚は天文年間初期と推測される[1]。経歴などは不明[1]。
没年には二説ある。真田氏の墓所である長谷寺墓碑には天正20年5月20日(1592年6月29日)とあり、同寺の過去帳には文禄2年8月1日(1593年8月27日)とあり、1年余の差があるがこの頃に没したものと思われる[1]。戒名は恭雲院喜山理慶大姉[1]。
一説に河原氏の娘ではなく、羽尾幸全の娘(『羽尾記』)ともされるが、根拠は弱い[1]。

「恭雲院」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』より。
最終更新 2016年1月24日 (日) 14:27

この記事は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「恭雲院」を素材として二次利用しています。

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